
明治中頃の村上開新堂
明治初年(1868年)、村上光保(むらかみみつやす)が、国家政策の一環として洋菓子製造技術習得を命じられたことが、村上開新堂の歴史のはじまりです。
以来135年、歴代の当主がさまざまな工夫を重ねてまいりました。
日本で初めての洋菓子専門店を営んだ初代光保、その語学力で本場フランスの洋菓子製造技術を研究・実践した二代目村上一政(むらかみかずまさ)。そして三代目村上二郎(むらかみじろう)に至って日本人の舌にあう菓子を完成させました。
日本人にあう味づくりという基本は、四代目村上寿美子(むらかみすみこ)、五代目山本道子(やまもとみちこ)と受け継がれております。
戦災で大半を焼失したため、残った数少ない写真をまじえながら、村上開新堂の歴史をご紹介してまいります。

村上開新堂の歴史をささえてきた家族の系図


